「アスベストによる健康被害は国が対策を怠ったため」として、全国8か所で起こされた裁判は、2021年5月、最高裁判所が国の賠償責任を認める統一判断を示しました。
建設現場でのアスベストの健康被害をめぐる裁判は、国と原告団が和解金を支払うことで合意しました。菅義偉首相は原告団と面会して謝罪、和解金の支払いや提訴していない人への補償などを盛り込んだ基本合意書が締結されました。
「アスベスト」には、健康を害するなんだか恐い素材…というイメージを持つ方も多く、アスベストが全面禁止されている現在でも、時々アスベストに関するお客様からのお問い合わせやご相談があります。
アスベストに関する一般的なイメージはおおむね正しいものなのですが、結論から言うと、戸建て住宅に関しては、アスベストは注意を要するものの健康被害を過度に気にする必要はありません。
アスベストに関する不必要な不安を避けつつ正しく対処するため、今回の記事ではアスベストが「実際どの程度恐ろしいものなのか」「どのような場合に実害が生じるか」といった点をより正確に理解してもらえるようご説明したいと思います。
アスベストってどんな素材?
アスベストまたは石綿(せきめん、いしわた)とは、天然に存在する蛇紋石・角閃石系の鉱物の総称で、名称の漢字に現れているように鉱物でありながらも綿のような繊維状になる素材です。
アスベストには、
などさまざまな有用な特徴があり、特に20世紀になってからは建築物・機械・船舶など様々な分野で多用されるようになりました。
「奇跡の鉱物」から「静かな時限爆弾」へ
上記のようにあらゆる分野で有用な特徴をいくつも併せ持つため「奇跡の鉱物」とまで呼ばれたアスベストですが、その繊維は髪の毛の5000分の1程度と極めて細く、呼吸によって体内に取り込まれると深刻な健康被害を及ぼすことが次第に知られるようになっていきます。
またその深刻な健康被害はすぐにではなく、何十年もの潜伏期間を経て発症するため、後には「静かな時限爆弾」とまで言われるようになります。
アスベストはどんな健康被害をもたらす?
硬い鉱物でありながら極めて細い繊維状のアスベストを吸引すると、針のように呼吸器の内側に刺さり、アスベストが刺さった肺の組織は長い年月(20~50年程度)をかけて弾力を失い硬く変質していきます。
そのような呼吸器の組織の変質により呼吸がしにくくなると、身体は慢性的な酸欠状態になり、心臓への負担増、免疫力の低下などの症状を引き起こします。
これが「石綿肺」と呼ばれる状態です。
石綿肺はさらに、
といった合併症につながり、深刻な場合には命を落とすケースも多くあります。
アスベストが健康被害につながる「条件」
では、アスベストは目に見えないウイルスを恐れるように、日々不安を感じながら暮らしていかなければならないような危険な存在なのか、というと、そういうわけではありません。
もちろんアスベストの危険性に変わりはないのですが、上記のような健康被害が生じる条件は基本的に、
- 1.長期間にわたり、
- 2.飛散するアスベストを大量に吸引した場合
であることがわかっています。
もちろん「短期間のみ」「少量に吸引した」というだけなら絶対に健康被害が生じない、ということが証明されているわけではありませんが、今のところそのような事例は確認されていないそうです。
また、この条件からは空気中に飛散していないアスベスト、つまり固形化・定着しているアスベストは基本的に健康被害を心配しなくてよいこともわかります。
現在におけるアスベストの取り扱い
現在の日本ではアスベスト含有率0.1%を超える製品の流通は全面的に禁止されていますが、そのような規制に至るまでは思いのほか長い年月を要しました。
アスベストが人体にとって有害であることは、20世紀前半のヨーロッパの、特に医師の間ではすでにある程度判明していたようです。
しかし、日本でアスベストが全面禁止されるまでには、下記のように長い年月がかかりました。
- 1975年…アスベスト含有率5%を超える吹き付け作業を原則禁止
- 1995年…アスベスト含有率1%を超える吹き付け作業を原則禁止
- 2004年…アスベスト含有率1%を超える主な建材などの新規製造・輸入を禁止
- 2005年…アスベスト含有率1%を超える吹き付け作業を原則禁止
- 2006年…アスベスト含有率0.1%を超えるあらゆる物の製造・輸入・新規使用を禁止(一部を例外的に禁止猶予とする)
- 2012年…アスベスト含有率0.1%を超えるすべて物の製造・輸入・新規使用を全面禁止(禁止猶予の撤廃)
このようなアスベストにまつわるタイムラインを概観してみると、対応は遅々とし、後手後手に回っていたことがうかがえます。
なぜそうなってしまったのか?これは個人的な憶測も含みますが、
といった理由が挙げられるかもしれません。
アスベストが含まれている可能性のある屋根材、外壁材
かつて一般的な建築物に使用されていて、アスベストが使用されている可能性の高い代表的な建材には下記のようなものがあります。
※()内はおよその製造時期
- ●外装材等
- 窯業系サイディング(1960〜2004)
- ケイ酸カルシウム板第一種(1960〜2004)
- スレートボード・フレキシブル板(1960〜2004)
- スレート波板(1930〜2004)
- 住宅屋根用化粧スレート(1961〜2004)
- ルーフィング(1937〜2004)
- ●内装材等
- ロックウール吸音板(1961〜1987)
- せっこうボード(1970〜1986)
- 壁紙(1969〜1991)
- ●断熱材等
- 屋根用折板石綿断熱材(〜1989)
アスベストの除去、飛散防止の方法
建物の建てられた年代と使用されている建材などの条件からアスベストが使用されていることが疑われる場合にはなんらかの対処法を検討しなければなりません。
まず必要になるのは調査です。
一般住宅のような民間の建築物について、石綿の使用の有無を確認するには、
などの方法があります。
住まいにアスベストが含まれていることが発覚したら
飛散していないアスベストは健康被害を及ぼす可能性が低いですが、
には、アスベストが空気中に飛散する恐れが高くなります。
建物にすでに使用されているアスベストを含む建材(吹き付け材以外)は、
という選択肢から対処方法を選ぶことになります。
このうち「除去」の費用が最も高額になりますが、封じ込めのため「アスベスト粉じん飛散防止処理用」として販売されている塗料(菊水化学工業の「アスシール」、大塚刷毛製造の「アステクター」など)は、通常の塗料に比べてかなり高額で、残念ながらいずれの方法も費用はかなり高くつきます。
封じ込めを選択するにしても、いつか最終的には除去が必要になることを念頭において判断しましょう。
また、アスベストに関する対処作業は、
といった有資格者による作業が必要になります。
まとめ
アスベストが危険な物質であることは間違いありませんが、身近にあるからといってすぐさま深刻な被害を生じさせるものではありません。
ぜひ上記の情報を参考にして、アスベストへの適切な処置を検討してみてください。